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雨降る日




『───夕方6時から9時までの降水確率は80%、夜9時から夜半にかけては100%で局地的に
 かなり激しい雨が降る予定です。
 あすの日の曜日は1日中ぐずついた空模様になるでしょう』
「ほんとに降るのかな?」
テレビから流れる天気予報の声に、オリヴィエは部屋の窓から少し雲のでてきた夕焼け空を眺めた。
昼過ぎまではとてもいい天気だったのに、なるほど西の空の向こうにはかなり重苦しい感じの雲の群が見える。
「ま、いいか」
どうせ明日はどこも出かける用事もないしね★
そうひとりごちて、オリヴィエは部屋の中を振り返る。
部屋の真ん中に置かれたテーブルの上には、ティーカップが二つ。
つい今しがたまでここにはアンジェリークがいて、楽しい時間を過ごしていたのだ。
「さてっと、これ片づけなきゃね♪」
明るく、大きな瞳をくるくるさせてオリヴィエと楽しそうに話すアンジェリーク。
その彼女が帰った後は静かすぎて少し寂しい。
軽くため息をつき、テーブルの上のティーカップを片付けようとして、オリヴィエはある物に気がついた。
「ん?」
テーブルの上にはイヤリングが片方、ぽつんと置かれていた。
オリヴィエがプレゼントしたかわいい石のついたイヤリング。
どうやら片方だけ落ちたらしい。
───明日は日曜だし、これを届けるのを口実に、アンジェリークの顔を見に行ってもいいかもね★
ぶらぶらとイヤリングを手でもてあそびながらオリヴィエはそんなことを考えていた。
そんなオリヴィエの考えを中断するように、部屋のドアがノックされ私邸の人間が顔を出した。
「アンジェリーク様が忘れ物をなさったとかで、今お戻りになっているのですが・・・」
「ふ〜ん♪ じゃあ通してよ★」
「それが、そのように申しあげたのですが・・・」
「?」
「先ほどもお邪魔したのに、またお邪魔するなんて厚かましいと・・・」
アンジェリークらしい言葉にオリヴィエは微笑み、すぐに真面目な顔になった。
・・・これを渡すとアンジェリーク帰っちゃうんだよねぇ〜
ふとそんな思いが頭の中をよぎる。
「あの・・・?」
私邸の人間がオリヴィエに声をかける。
「ん〜〜〜」
さっきの後片づけの時にちょっと寂しいと感じたせいか、このままアンジェリークの顔を見ずに帰すのも・・・と、
オリヴィエは考え込んだ。
「いいよ、アタシが渡しに行くから♪」
そう返事をし、オリヴィエは玄関まで出て行った。
「はい、アンジェ♪」
「オリヴィエ様!」
まさかオリヴィエが出てくるとは思わなかったのだろう、アンジェリークは驚いた顔をしていた。
「ありがとうございます! オリヴィエ様!」
大事そうにイヤリングを受け取り、自分の耳に飾るアンジェリーク。
(それじゃあ★)
そう言った次の瞬間にアンジェリークは帰ってしまう。
「アンジェリーク、これから夕食なんだけど一緒に食べない?」
そう思った時には既に、誘いの言葉が出ていた。
「え?」
イヤリングをつけ終わったアンジェリークは、何とも言えない不思議そうな表情でオリヴィエを見ていた。
「ば・ん・ご・は・ん♪ 一緒にどぉ? おいしいよ♪」
「で、でも・・・そんな――――」
「いいから、いいから★ さぁさぁ♪」
今にも断りの言葉を口にしそうなアンジェリークの手を引いてオリヴィエは再び私邸の中に入った。


「ごちそうさまでした。とってもおいしかったです!」
「いいえ、どういたしまして★」
さっきとは違うティーカップに入った紅茶をおいしそうに飲むアンジェリークを見ながらオリヴィエの心の中は
ほかほかとあたたかいもので満たされていた。
ちらっと時計に目をやると時刻は7時少しばかり回ったところである。
・・・ん〜まだ時間は大丈夫だよね♪
自分も紅茶を飲みながら、再び他愛もない話に花を咲かせる。
そんな中、オリヴィエはアンジェリークの微妙な表情に気がついていた。
「───どうしたのさ、何か言いたいんじゃないの?」
「え、あ・・・あの・・・・・」
「ん?」
「あ、いいえ、ごめんなさい、なんでもないんです。
 そういえばオリヴィエ様ってとてもいい香りがするんですけれど、何の香水を使っていらっしゃるんですか?」
「ん〜気分によって違うよね、今日は────」
わざとらしく話題を変えたアンジェリークが何を言いたかったのか気にはなったが、オリヴィエはそれを
聞き返そうとは思わなかった。
聞き返さない方が、少しでも長く彼女がこの部屋にいてくれるような、何故かそんな気がした。
結局、それからまた香水や化粧品、貴金属の話で盛りあがった。
「あんまりカフェインをとるとお肌にも良くないし、眠れなくなっちゃうからね♪
 リュミちゃんにもらったノンカフェインのハーブティーだよ★」
何杯目かのお茶をオリヴィエは勧めた。
時計の針もいつの間にかかなり進んでしまっていたけど、オリヴィエはつとめて気にしない事にしていた。
「このお茶はね、気分をリラックスさせる効果があるんだってさ♪」
「いい香り・・・。
 ───あの・・・オリヴィエ様・・・」
リンゴのような香りのお茶をひと口飲んでアンジェリークはオリヴィエを見た。
「ん? どうしたの?」
「オリヴィエ様ってお休みになられるのは早いんですか?」
「ん〜〜日によるけど・・・執務が忙しい時なんて睡眠時間がとれなくて肌がボロボロになっちゃうんだよね〜★
 でも、どうしてそんな事を聞くのかな?」
「・・・オリヴィエ様がお休みになるんでしたら、そろそろ帰らないと・・・・って」
「え?」
カップを口に運びかけていたオリヴィエは、少し驚いて手を止めた。
アンジェリークもまたオリヴィエと一緒で時間を気にしていたのだ。
「まだ早いじゃない〜? アタシなら平気だからもっとゆっくりしていけば?
 ・・・なんなら泊まってってもいいんだけど★」
「・・・・・・・・」
軽い調子で言った言葉のはずなのに、アンジェリークは黙り込んでうつむいている。
「明日は日の曜日だし、アンタさえよければ───」
思わずついてでる本音。
さすがにこれはまずかった、と慌ててオリヴィエがおどけようとした時、アンジェリークが口を開いた。
「・・・でも、オリヴィエ様に迷惑が────」
「───迷惑なんかじゃないよ」
ぽつりと低い声で呟くオリヴィエ。
「え?」
「ほらぁ★ 別に誰がいるってワケじゃないし♪
 この屋敷にはアタシと屋敷の人間しかいないしね〜★」
迷惑を考えるなら自分の方こそアンジェリークに迷惑にかけようとしているのかもしれない。
アンジェリークだって予定はあるだろうし、ここまで長居させただけで十分迷惑かけてるかもしれない・・・
ちりっとオリヴィエの胸が痛む。
「どう・・・かな?」
「・・・でも外泊なんて───」
アンジェリークは困った顔をして黙り込んでしまった。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
何ともいえない時間が流れていく。
アンジェリークは何か言いたそうにオリヴィエを見ていた。
「───ごっめ〜ん★
 困るようなこと言っっちゃったね♪
 こんな時間までつきあってくれてありがとう、今日は楽しかったよ★」
「そんな・・・・」
「もう遅いから、馬車で送るようにするからね♪」
重苦しくなった空気を一掃しようと明るい声で話すオリヴィエ。
「・・・ありがとうございました。
 今日は本当に楽しかったで・・・す」
まだ何か言い足りないようなそんな表情のまま、けれどもアンジェリークはゆっくりと立ち上がった。
「おやすみ。いい夢を見るんだよ」
玄関口までアンジェリークを見送る。
「はい・・・・」
バタン。
オリヴィエの目の前でドアが音をたてて閉じた。
「ふぅ・・・」
もう少し強引に誘えばよかったのか、でもアンジェリークを困らせるならこれでよかったのかもしれない。
複雑そうなアンジェリークの表情。
何かを言いたそうな様子。
閉じたドアを名残惜しそうに見ていたオリヴィエはある決断をした。
「行くっきゃナイよね!」
今からなら馬を急がせれば間に合うだろう。
再び勢いよくドアをあけて外へ出る。
外はバケツをひっくり返したような雨が降っている。
幸いにもその雨のため、馬車は門の所から引き返してくるところだった。
「アンジェリーク!」
「オリヴィエ様?」
雨に打たれるのもものともせず、オリヴィエは馬車のドアを開けてアンジェリークを外に連れ出した。
「やっぱり泊まっていきなよ・・・いや、泊まっていってほしいんだ」
「オリ・・・」
「アンタをこのまま帰したくない。
 ───だから・・・今夜は───帰さない」
「オリヴィエ・・・様」
そっとアンジェリークの身体を抱きしめるオリヴィエ。
激しい雨は相変わらず降り続き、御者が傍らでオロオロしているのが目に入ったが、オリヴィエは気にならなかった。
今、ここに、自分の胸の中にアンジェリークがいる。
それだけが全てだった。
「いいね?」
返事をするかわりにこくんと小さく頷く愛しすぎるほどの存在。
大きい雨粒がまるで二人を祝福しているかのように降り注ぐ中、オリヴィエはしっかりとアンジェリークを抱きしめていた。



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