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COFFEE BREAK 1


 
「やぁ、また会ったな!」
森の湖の近くを歩いていたアンジェリークは目前でにこやかに笑っている人物を見て胸が高鳴った。
端正な顔立ちに、美しい金色の髪を後ろで一つに束ねた長身の男性。
以前、緑の守護聖マルセルにワインを渡してくれ、と頼んだ男性。
「どうした? 何かあったのか?」
「あ、いえ! こんにちは」
あわててお辞儀をするアンジェリークを優しく見つめる瞳。
「今日はちょっと時間があるんだ、寄っていかないか?」
森の湖の近くにある小さな小屋。
男はそこにアンジェリークを誘った。
「はい!」
毎日、毎日、会いたいと願い森の湖でお願いをしていて良かった。
アンジェリークはそう思った。
小屋につくと、その男性はいつもおいしいコーヒーを入れてくれる。
コーヒーの香りが立ち上り、目の前にはいつもと変わらず穏やかに微笑みかけてくれる男性。
彼の名前をアンジェリークはまだ知らない。
そして彼もまた、アンジェリークの名前を聞こうとはしなかった。
お互いの名前を知らない関係。
知りたい、と思ったし直接聞こうともした。
だが、そんなことよりも彼と過ごすわずかなこの時間がアンジェリークには大切だった。
ほんの束の間の時間。
黙ったまま過ごす時もあれば、アンジェリークの話を楽しそうに聞いてくれる時もある。
しかし、決して彼は自分の話はしない。
一度だけ、その話になった時、彼はこう言った。
「俺は謎の行商人・・・だ」
それから時々、こうやって彼の小屋でアンジェリークにとっての至福のひとときを過ごす。
まるでお互いがお互いを引き合うように。
守護聖の首座である光の守護聖ジュリアスに怒られ、一人で泣いていたときも、
闇の守護聖クラヴィスに冷たくあしらわれ落ち込んでいた時も。
そうした時に彼はアンジェリークの前に現れ、時には厳しく、時にはとても優しく彼女を叱咤し、
慰めてくれた。
女王候補として充分な教育を受けていないアンジェリークにとって、彼はまさに心の支えなっていた。
「───で、今日はどうした?」
心配そうにアンジェリークに尋ねる。
「あ、いえ・・・大したことはないんです・・・」
二人の会話はいつもこうやって始まる。
コーヒー一杯を飲み終わるまでの短い時間。
しかし、アンジェリークにとってはかけがえのない時間であった。
「・・・そうか、よく頑張っているんだな」
笑う顔がどこかしら緑の守護聖マルセルと重なる。
やがてアンジェリークはコーヒーを飲み終わると、カップを置いた。
「いつも・・・ありがとうございます」
今度はいつ会えますか───
かろうじてその言葉を飲み込む。
「・・・じゃあ・・・また───」
「───ああ」
アンジェリークを小屋の扉まで送り、男はドアを開ける。
───もっと、一緒にいたい・・・
そう言うと彼は怒るのだろうか、それとも困惑するのだろうか。
別れはいつも切ない。
想いが募れば募るほど、切なさも大きくなる。
「・・・どうした?」
男はドア口で立っているアンジェリークを不思議そうに見た。
「私・・・」
言葉が出てこない。
相手を困らせるつもりはない。
もっと一緒にいたい、というのは自分のわがままだとわかりきっている。
「まだ話がありそうだな、もう一杯飲むか?」
私、女王にならなくてもいいんです。
貴方と一緒にいられるなら。
喉まで出かかる言葉。
胸の奥から湧き上がってくる言葉を無理やり押さえ込む。
「いったいどうしたんだ?」
本当にアンジェリークを心配している瞳。
だが、アンジェリークは弱々しく首を横に振り、無言のまま小屋を後にした。

アンジェリークの様子が最近どことなくおかしいことは守護聖達も気づいていた。
話しかけても上の空。
そして時折見せる少女から女の表情。
誰かに恋をしているのはあきらかだった。
以前ほど育成は熱心ではなくなり、あまり聖殿には姿を現さない。
そして、ここに一人、執務室でタロットカードをめくっている守護聖がいた。
闇の守護聖クラヴィスである。
「・・・恋人の逆位置・・・か」
ぽそりと呟いてカードをまとめる。
普段は滅多に開けないカーテンをあけ、クラヴィスは眩しすぎる太陽に目をやった。
アンジェリークが聖殿に姿を、いや自分の執務室に姿を見せなくなってどれくらい経つのだろう。
無意識のうちにアンジェリークを見ていない日数を数え、それを数えていた自分に気がつき、
フッと皮肉な笑みを浮かべる。
───どうかしている。
あの娘は女王になるかも知れぬ身。
淡い期待を抱いてどうしようというのだ。
再びあのような想いをしなければならないのか。
身も心も闇に沈め、何事にも深く関わりたくなかった。
それが今となっては───
固く閉ざされた扉がゆっくりと開かれるように。
凍てつく氷塊がゆるやかに溶け出すように。
いつしか、自分の心の中を占めている金の髪の女王候補。
手を伸ばしても届かない───天使。
クラヴィスは静かにカーテンを閉め、薄暗くなった部屋のイスにけだるそうに身を沈めた。


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