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飛空都市脱出 その1



「テメーよ、何が欲しい?」
「は?」
それはアンジェリークが育成のお願いをしにゼフェルの執務室を訪れた時のことだった。
では、よろしくお願いします、と部屋を出ようとしたアンジェリークを呼び止めてのいきなりのこのセリフ。
「だからよー、この前のお返しに何が欲しいかって聞いてんだろ!」
『この前』?・・・『お返し』?
そう言われてはた、とアンジェリークは気がついた。
この前、ゼフェル好みの味付けでロボット型のクッキーをプレゼントした、あのお返しのことだということに。
「この前のよ・・・アレ・・結構うまかったからよー・・」
ゼフェルはポリポリとほっぺたをかきながら少し照れている。
「な、何が欲しいっていきなり言われても・・・」
「なんだよ! のー天気のテメーにだって欲しいものぐらいはあるだろーが!」
アンジェリークは、んー・・・と考え込んでひらめいたものがあった。
「ゼフェル様ってなんでも作ることができるんですよね!」
「・・・お、おう!」
「だったら、この飛空都市を脱出する機械を作ってください!」
「な─────────」
口をぽかんとあけたまま、突然の言葉に絶句するゼフェル。
「テメー・・・本気でそれ、言ってんのか?」
「はい」
にっこり笑うアンジェリークと唖然としているゼフェル。
「お、おい、ちょっと待ってくれよ」
「やっぱり・・・無理ですよね・・・」
「無理って───ことはねーけど・・・その・・」
「できるんですか?」
「だぁから! ちょっと待てっていってるだろーが!」
「・・・・・」
「───何かあったのかよー?
 例えばあのおっさんにまたガミガミ言われた、とかよ」
口の悪いゼフェルの言う『あのおっさん』とは言わずと知れたジュリアスのこと。
「いえ・・それはいつものことですから・・」
「そりゃそーだな」
アンジェリークの言葉にあっさりと肯定するゼフェル。
「で、どこに行きてーんだよ?」
「・・・私の・・スモルニィがある星に・・」
「故郷の星?
 ───まさか・・テメー女王試験を・・?」
「え?」
「いや・・・なんでもねーよ、その話、しばらく考えさせてくれねーか?」
「あ・・・はい」
腕組みをしながらむずかしい顔をしているゼフェル。
やっぱ、無理だろうな・・
そんな思いを抱きつつ、アンジェリークは頭を下げてゼフェルの執務室を出た。

次の日、聖殿に姿を現したアンジェリークを見つけ、ゼフェルが手招きをしている。
「?」
「いいから早くこい!」
二人が落ち着いた先は聖殿の中庭だった。
木洩れ陽のおちる大きな木の下に座ると、心地よい風が頬をなでて行く。
「俺の執務室よ、今、スッゲーことになってるからここでいーよな?」
「え、あ、はぁ・・・・」
なんだかわかんないけど、とりあえずはうなずいておこう。
「それで・・・昨日の話だけどよーその・・・」
「あ、私が・・・」
「そう、それだ。
 ───テメーのために、作ってやってんだからな」
「じゃあ・・・」
「待てって! 
 いいか、黙って飛空都市を出るってのは、いくらバカなテメーだってどういうことかわかるだろ?」
「・・・・・・」
「ちゃんと・・その・・戻ってくるのかどうか、それをまず聞きてーんだよ」
「戻・・る?」
「あー!!! 本っ当にテメーは頭悪ぃな!
 だから、飛空都市を出て、テメーの故郷の星へ行った後の話だよ!」
「ええ、ちゃんと戻ってきます」
「本当だな?」
赤い瞳が心配そうにアンジェリークを見ている。
「はい、お約束します」
その言葉にちょっとホッとした顔をして、ゼフェルは話を続けた。
「そっか・・ならいーんだ。
 ───それなら・・・一つ条件があるんだ」
「条件・・・ですか?」
「おう。テメーが故郷の星で何するかは知らねーけどよぉ!
 その・・・テメー一人でもしものことがあったら・・・その・・」
口から発する言葉は悪いが、かなりシリアスな顔をみて、アンジェリークは初めて気がついた。
何かあったら、ゼフェル様の責任問題になっちゃうかも・・・と。
「だから・・・その、見張りってわけじゃねーけど、俺も一緒に・・・」
「───そうですよね、もしものことがあったら、ゼフェル様すっごく怒られちゃいますよね」
「おぅ、だから・・・って、ああ?」
「え?」
きょとんとするアンジェリークを見て諦めにもちかいため息をつくゼフェル。
「───はぁ・・・ったく、俺が怒られるのはどーでもいいんだよっっ!!」
「・・・・?」
「とにかくだ、俺も同行するってことでいーんだな?!」
「あ、はい、それは・・・」
「よし、じゃあ決まりだ。
 決行は日の曜日の午前6時、森の湖で落ち合おーぜ」
「午前・・・6時・・」
「誰にも見られねーよーに来いよ! わかったな!」
「はい」
「話はそれだけだ、じゃな!」
マントをひるがえし、たたたっと駆け出すゼフェル。
その直後、背後から聞きなれた声が聞こえてきた。
「何やら楽しそうな話だな、お嬢ちゃん」
「!!」
ぴきんと固まったアンジェリークがゆっくり後ろを振り返ると、そこには意地悪い笑みをうかべた
オスカーが立っていた。
「オ、オスカー様・・・こ、こんにちは・・・」
「この俺をさしおいて、あのゼフェルとデートの約束か・・・」
「え?」
「で、二人仲良くこの飛空都市を抜け出して、お嬢ちゃんの故郷でデートってわけか」
つい、と一歩踏み出してくるオスカーにアンジェリークはじりっと一歩後ろに下がる。
「───この話がジュリアス様の耳に入ったら・・・大変だろうな」
「──────」
思わずアンジェリークが走って逃げようとした時、すごい力で腕をつかまれた。
「・・・痛っ!」
「で、何しに行くんだ?」
「それは・・・・」
オスカーはつかんでいるアンジェリークの腕に目をやる。
「───このブレスレッドをくれたやつに会いに行こうとでも?」
「・・・・・・・」
顔をそむけるアンジェリークをいきなりもう片方の手で、無理やり自分の方へむける。
「俺はな、目を合わせずに話をするのは好きじゃないんだ」
「──────」
アンジェリークが何も言わないのに業を煮やしたのか、腕につけているブレスレッドを
もぎとるオスカー。
「あ!」
「返してほしかったら、俺も連れていくことだな」
「・・・なんで・・」
「土の曜日までに返事をしにこい。
 ───いい返事を待ってるぜ。じゃな、お嬢ちゃん」
そう言い残し、オスカーは聖殿へと戻って行った。
立ち去るオスカーの姿がゆらゆらと揺れ、アンジェリークの頬に涙が伝う。
なんでこんな意地悪をするんだろう・・・
初めて出会って、一目で好きになった人。
でも女王候補に選ばれて、初めて飛空都市へきて、右も左もわからない私に意地悪なことしか
言わない。
たまに、優しい言葉をかけてくれたり、日の曜日のデートでも楽しい時間を過ごせたと思ったら、
次の日には知らんぷりで・・・
それでも最初のうちは何かオスカー様に対して悪いことをしてしまったのかしら、とか、
何か彼を怒らせるようなことを言っちゃったのか、とか悩んで・・・そしてオスカー様を追うことに
疲れ、思いっきり泣いて自分の想いにピリオドを打ったのに・・・
しばらく茫然としていたアンジェリークは、涙を拭うと聖殿には行かず、寮へと戻って行った。

乱暴に執務室のドアを閉め、オスカーはイスに座り込んだ。
イライラした気持ちがオスカーを包む。
何でこうなってしまうのだろうか。
初めてあった時、彼女は自分の守備範囲外だと思っていた。
だが同じ時間を過ごすうち、いつしか自分が彼女の姿を目で追っていることに気がついた。
何度かアプローチを試みたが、ことごとく失敗。
その頃になると、アンジェリークが自分を避けはじめていたのだ。
恋愛に関しては百戦錬磨と自負しているオスカー特有の恋愛の駆け引きが通じない。
手を伸ばせばすぐそこにいるアンジェリークに手も足も出せなくなってしまっている自分がそこにいた。
手の中にあるブレスレッドを見ながらオスカーは深いため息をついた。


その日から、アンジェリークは聖殿へ行くことをやめていた。
オスカーにブレスレッドを取られた日が火の曜日だったから水、木、金の曜日と3日間
毎日森の湖に行って時間をつぶしていたのだ。
理由は1つ、オスカーの顔を見たくなかったから。
これでジュリアスはまた烈火のごとく怒っているだろうが、それでもオスカーの顔を見るぐらいなら
怒られたほうがまだましだとアンジェリークは考えていた。
───そして、今日の土の曜日、どうしてもオスカーに会ってブレスレッドを返してもらわなければ
いけない。
育成しているエリューシオンの様子を見ながら、長い時間うだうだしていたアンジェリークだったが、
意を決して王立研究所に戻る。
民の望みの予測をもらい、王立研究所を出たアンジェリークを、会いたくはないが
会わなければならない人物が待っていた。
「オスカー様・・・」
「・・・・・」
「・・・・来い」
重低音の小さい声。
その迫力に負けて、さっさと歩き出すオスカーの後をあわてて追いかけるアンジェリーク。
黙ったままもくもくと歩きつづけ、やがて前方に大きな屋敷らしきものが見えてきた。
屋敷の入口には執事らしき人が頭を下げてオスカーとアンジェリークを迎え入れる。
ここは、ひょっとしなくても・・・オスカー様の私邸?
私邸にはたくさんの使用人の方がいらっしゃり、ほとんどが見目麗しい女の人。
みんなが優しく出迎えてくれる。
うーん、さすが『宇宙の女性は全て俺の恋人』と豪語しているだけあって、
こんなにきれいな女の人ばっかり揃えるとは・・・
などとへんにアンジェリークが感心していると、階段を上がってすぐ側の部屋に
いきなりオスカーに押し込まれた。
「・・・・きゃう」
オスカーは後ろからついてきていた私邸の人達に『誰もこの部屋に入るな』と命令してドアを閉める。
「座れ」
命令口調のオスカーは、アンジェリークをソファに座らせ、自分は反対側へと腰を降ろした。
「・・・・・なぜすぐに来なかった?」
「──────」
「なぜすぐにこのブレスレッドを取りに来なかった、と聞いているんだ、俺は」
手のひらの中でチャリチャリとアンジェリークのブレスレッドをもて遊んでいる。
「お前にとって・・・これはそんなに大事な物じゃないわけだ」
「──────」
「だってそうだろう? 
 ───お前にとって、とても大事な物ならすぐに取り返しにくるはずだろう?」
いつもの声のトーンより3オクターブぐらい低いオスカー。
怒りを通りこしてキレてる、といった方が正解だろう。
このブレスレッドを取り上げ、その後すぐに取り戻しに来るのかと執務室でイライラしながら
待っていたが、自分の執務室に来るどころか聖殿にすら姿を現さないアンジェリーク。
そして、今日、自分が王立研究院まで迎えに行かなければならなかったこと。
一方的に募るアンジェリークへの想い。
今、かろうじて平静を保っているが、それもどこまで押さえられるかはわからない。
「どうした? 何故黙ってるんだ?」
「──────」
「そうか・・・いらないんだな?」
いつまでたっても無言のままのアンジェリークを見て、オスカーは自嘲気味な笑いを浮かべ、
いきなり立ちあがったかと思うと、窓ガラスに向けてブレスレッドを投げつけた。
「!」
「いらないんだろ? 大事な物じゃないんだから」
ガラスが大きな音を立てて飛び散り、破片とともにブレスレッドが外へ舞っていく。
瞬間、アンジェリークの頭は真っ白になった。
そして、考えるよりも先に体が動いていた。
辺りに散らばる破片を気にせず、割れたガラスが生々しい窓から外へ飛び出したのだ。
「───アンジェリーク!」

                                                      



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