飛空都市脱出 その2
着地した瞬間に足をくじいたが、アンジェリークは気にもせずブレスレッドが落ちているあたりへと
向かい、ガラスの破片の中ブレスレッドを拾い上げ、どこにも傷がいってないか、壊れてないかを
確認し、ホッと一息をつく。
その側には慌ててアンジェリークの後を追ってきたオスカーが言葉もなく立っていた。
「・・・オスカー様」
ひょこひょこと足を引きずるアンジェリーク。
それを見たオスカーは、彼女を抱き上げた。
「オ、オスカー様・・・」
「──────」
「あ、あの・・・お洋服が汚れてしまいますから・・・私なら大丈夫です、歩けますから・・・」
そう言ったアンジェリークにぽたん、と何か温かいものが当たった。
「!」
オスカーが泣いている。
「オスカー様・・・」
オスカーはアンジェリークを抱き上げたまま、ただ、涙を流しつづけていた。
すぐに私邸の人間が来て、傷の手当てをしましょうとオスカーを促し、屋敷の中に連れて行く。
手や足のガラスを取り除き、くじいた足を包帯でぐるぐる巻きにされてやっとアンジェリークは
解放された。
かなりの時間がたったのだろう、外はもう薄暗くなりかけていた。
手当てをしてくれたきれいなお姉さん方がオスカーとアンジェリークに頭を下げて部屋を出ていく。
重苦しい沈黙が部屋を覆う。
───やがてオスカーが絞り出すような声で口を開いた。
「・・・アンジェリーク・・」
「はい?」
「すまなかった・・・」
「そんな・・・」
「君を傷つけるつもりはなかったんだ・・・」
「オスカー様───」
「俺は・・・」
「大丈夫です、オスカー様。
ブレスレッドもこうやって無事だったし」
きれいになったブレスレッドを見せながらアンジェリークは微笑んだ。
「それより、私の方こそお洋服を汚してしまって───」
「アンジェリーク」
「・・・?」
「お前を・・・お前を愛してる」
「?!」
思いがけないオスカーの言葉にアンジェリークは驚いていた。
それには構わずオスカーは続ける。
「ずっとお前のことを想っている。
今回、お前がここを出て故郷の星へ行くと聞いた時、俺は嫉妬した。
ゼフェルにも・・・そしてそのブレスレッドをくれた奴に会いに行こうとしてる。
そう思うだけで気が狂いそうだった」
「──────」
「───お前に対してした事はもちろん許される事ではない。
だが、お前を想う気持ちは止められない」
「オスカー・・・様」
「この俺が──お前にどうやって接したらいいのかわからないんだ。
どうすればお前が俺だけにその微笑を向けてくれるのか、どうすれば俺に愛をささやいてくれるのか・・・」
オスカーは大きく息を吐き出すと話を続けた。
「俺は今まで、恋愛をゲームとして楽しんでいた。
恋愛のスリルや駆け引きを楽しんで・・・それが俺の恋愛だと思っていた」
「・・・・・・」
「今の俺の気持ちがわかるか?
はっきりお前に拒絶されることが怖いんだ・・・このオスカー様が、だ」
アンジェリークに向けられる真っ直ぐな瞳。
その瞳の奥にはオスカーの言葉通りの一種の怯えに似た感情が映っていた。
「私・・・ずっとオスカー様に嫌われているものだと思ってました」
「アンジェリーク!」
「今回だって、どうしてこんな事するんだろうって・・・
もし、飛空都市を出たいんだったらこんな意地悪しなくてもゼフェル様に頼めばいいのにって・・・
そう思ってたんです」
「──────」
「私ね、オスカー様? オスカー様のことが好きだったんですよ?」
「アン───」
「でもね、あきらめちゃったんです」
言いながら、アンジェリークは泣いていた。
あきらめたはず、終止符を打ったはずの想いがまだそこにある。
あきらめなきゃいけない、と押し込めていた自分の想い。
決して届くはずないと思い込んでいたオスカーへの想い。
「だから・・・だから・・・」
ふわっとオスカーがつけているコロンの匂いがアンジェリークを包む。
「何も言わなくていい・・・俺が悪かった。
───アンジェリーク、もう決してお前を傷つけたりはしない」
「・・・オスカー様」
次の日、森の湖に来たオスカーとアンジェリークを見たゼフェルは一瞬驚いたような顔をしたが、
何も言わずにカバンから二つのバッチを取り出し、カチャカチャやりながら二人に手渡した。
「ほらよ、このバッチをつけてその右にある青いボタンを押せばテメーの行きたい所へ行けるからよ」
「ゼフェル様・・・」
「ゼフェル───」
「んだよ!
それからよ、そっちの左の赤いボタンを押せばこの飛空都市へ戻ってこれるように設定してあっから」
オスカーとアンジェリークがバッチを付けている間、ゼフェルは二人を見ようともしなかった。
昨日までとは違う二人の雰囲気にカンの良いゼフェルは何かを感じ取ったのかもしれない。
「とにかく用事とやらを済ませてとっとと戻って来いよ!
あのおっさんに見つかって怒られても俺のせーじゃねーからよっ!」
そう言って、ゼフェルはオスカーを呼んだ。
「テメー、アイツを泣かしたら承知しねーからなっ!」
「───ああ、わかってるさ」
「ケッ」
真剣な顔のオスカーを見て、ゼフェルは苦い顔をしながら森の湖から姿を消した。
「あの・・・」
「いや、こっちの話だ。
さて、行くか? アンジェリーク?」
ゼフェルに言われた通りバッチの青いボタンを押すと、瞬時に懐かしい風景がアンジェリークの目前に
広がっていた。
「・・・・・わぁ!」
「ここが───陛下もディアもロザリアも、そしてアンジェリークが通っていた学校なのか」
スモルニィのあるところ、とゼフェルに話をしたからであろうか、ちょうど二人が出てきたのは
スモルニィ女学院の正門の前だった。
「懐かしいです・・・とても。
まだ、何ヶ月とたっていないのに・・・」
「ここでソフィアやジェーン達と楽しく学校生活を送っていたんですよね・・・
あ、ソフィアとジェーンて私の友達だったんですけど」
「そうか」
「今日は、ここに用があるんじゃなくって別の場所に行きたいんです」
「ん?」
「あそこ、なんですけど」
アンジェリークが指をさしたのはスモルニィ女学院の少し上にある小高い丘だった。
「よし、じゃあ」
オスカーは足をくじいてるアンジェリークを抱き上げて、その小高い丘へと歩き出した。
丘の手前にある茂みでアンジェリークはオスカーに降ろしてくれるよう頼み、あのブレスレッドと
あらかじめ用意していた手紙を丘にある木のうろに置いてきてくれるよう託した。
その時だった、アンジェリーク達から少し離れたところで女性の話し声が聞こえてくる。
「あ!」
思わず声をあげるアンジェリーク。
それは懐かしい友達、ソフィアとジェーンだったのだ。
しかし面影を残しているものの、二人はかなり大人になっていた。
飛び出して二人に話かけたい衝動を押さえているアンジェリークを見て、オスカーは悟った。
このブレスレッドは女王試験を受けるために学校を去らなければならないアンジェリークに
二人が用意したものであり、会えればの話ではあるが今日が三人集まる日であるということに。
そして同時にアンジェリークの胸中を思うと、オスカー自身の胸が痛む。
外界との時間の流れを受け止めなければならない現実。
自分はほとんど変わっていないのに、友達はすでに彼女とは違う長い時間を過ごしている。
オスカーはブレスレッドと手紙を持って、その二人に近づきそれを手渡した。
いきなり現れたオスカーに驚いた二人だったが、アンジェリークのブレスレッドを受け取り、
手紙を読み始めた。
一言二言オスカーと言葉を交わし、二人は自分達のブレスレッドと用意していたらしい手紙を
オスカーに渡すとゆっくりと丘を降りて行く。
立ち去る二人を見送るアンジェリークに涙はなかった。
二つのブレスレッドと二通の手紙を受け取り、アンジェリークは飛空都市へ戻ることにした。
「もういいのか?」
心配そうなオスカーに、いつもの元気な声ではっきりとアンジェリークは答えた。
「はい、オスカー様! ありがとうございました」
バッチの赤いボタンを押し、飛空都市へと戻る。
瞬時に森の湖へと到着するはずだったのだが───
「・・・何をしてるんだお前達」
「クっ、クラヴィス様?!」
「クラヴィス様?」
いきなりアンジェリークを抱きかかえたままテーブルの上に立っているオスカーに動じず、
淡々としているクラヴィス。
その傍らでハープの演奏をしていたらしいリュミエール。
クラヴィスの反対側に座っているのは絶対的に会いたくないジュリアス。
ジュリアスは目を真ん丸くして二人を眺めている。
どうやら、珍しい取り合わせでお茶会をしていたらしい。
───そして、背後から聞こえてきた声は・・・・
「おいおい、テメーら何やってんだよー
なんでいきなりこんなところに現れんだよー!」
「ゼ、ゼフェル様・・・」
「ゼフェルっ!」
「まさかよー、ワープとかしてこの飛空都市を抜け出して帰ってきたんじゃねーだろーなー」
その言葉に敏感に反応したのはやはり、というかジュリアスだった。
どうやらゼフェルがバッチに細工をして、森の湖ではなくこの場所に現れるように事前に
設定を変えたらしいとわかったのは、ジュリアスに散々説教をくらった後だった。
怒られている二人を横目で見ながらゼフェルは思っていた。
「これぐらいはいいよなー、オスカー?」
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