秘め事
「い、痛いです・・・!! ヴィクトール様」
「──────」
目に涙をためて、声をあげるアンジェリーク。
「お願いします・・・もうちょっと・・優しく」
「アンジェリーク・・・」
栗色の髪を乱れさせ、アンジェリークは大粒の涙をこぼした。
一瞬、ヴィクトールの動きがとまり、アンジェリークはそこで大きく息を吸い込んだ。
「お願いします・・・もう・・」
「最初だけだから我慢しろ・・・」
ヴィクトールは低い声でささやくように言うと、再び動き始めた。
「痛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
アンジェリークの悲鳴が部屋の中に響く。
その大声はティムカの所に遊びに来ていたランディやゼフェル、マルセルの耳にも届いた。
思わず顔を見合わせる四人。
いったい何事か、と声のする部屋のドアの前にやって来た。
中からはしきりに痛がるアンジェリークの声が聞こえてくる。
「アンジェの声・・・だよね?」
「ええ、そうみたいです」
マルセルとティムカは不思議そうな顔をしている。
一方、ランディとゼフェルは何やら複雑そうな顔をしていた。
「おい! も、もしかして・・・」
「まさか! ヴィクトールさんがそんなことするわけが・・・」
「テメー、考えて見ろよ、ヴィクトールだっていい年なんだぜ!」
「で、でも・・・」
「何を二人で話してるの?」
「そうですよ、僕たちにも教えてください」
「うっせーな! ガキには関係ないことだよ!」
「ひどいよ、ゼフェル! そんな言い方って!!」
「いいから、黙ってろ!」
ゼフェルは吐き捨てるように言うと、部屋のドアをそっと開けた。
ほんの少しだけ開いたドアに四人の視線が注がれる。
「!」
「・・・!!」
それはお子様組と称される少年たちには刺激的な光景だった。
ヴィクトールの後姿とアンジェリークの片足が目に飛び込んできたのだ。
ここにきて、やっとマルセルとティムカはゼフェルとランディが何をひそひそ話していたのかを
理解した。
「どうだ、だいぶ良くなっただろう」
「は・・・い、ヴィクトール様・・・」
優しく問いかけるヴィクトールに頬を染めて答えるアンジェリーク。
「これからもっとよくなるからな」
「あ・・・」
最初ほどの痛みはもうなく、アンジェリークはヴィクトールに身を任せていた。
「スゲー!!」
「あうあうあうあう」
「・・・ヴィ、ヴィクトールさん」
「──────」
上記から、ゼフェル、マルセル、ティムカ、ランディのセリフである。
四人とも部屋の中の刺激的な光景に目が釘付けであった。
「───う」
いきなりランディが鼻を押さえてしゃがみこむ。
「ランディ! 大丈夫?」
「大丈夫ですか? ランディ様?」
「汚っねぇー!!」
ゼフェルが飛びのいた拍子にバランスを崩し、大きく部屋のドアが開いた。
「きゃ!」
「うをっ!!」
驚いたのはヴィクトールとアンジェリークである。
二人とも予想していない来客に目を丸くしている。
しばしの沈黙の後、まず口を開いたのはマルセルだった。
「・・・何にもないじゃん! ゼフェル!!」
「お、オレに話をふるな! オレは何も言ってねーぜ!
テメーが勝手に誤解したんじゃねーかよっっ!!!」
「ひどいっ! ゼフェルが最初に誤解したんじゃない!」
そう、二人のいや四人の想像は一部間違っていたのだ。
ヴィクトールは、女王試験のプレッシャーからか胃腸の調子が悪いアンジェリークに
足の裏のツボ押しをしていただけなのだ。
「───まったく、何を想像していたんですか」
困ったような顔をするヴィクトール。
しかし、四人の勝手な想像はもう一部分では間違っていなかった。
アンジェリークの顔に浮かぶ苦悶の表情、スラリと伸びた長い足、痛がって動くたびに
チラチラと見えるレース付の下着。
精神の教官とはいえ、ヴィクトールだって男である。
何も感じなかったなどということはない。
「でもよー、ヴィクトール?」
「何でしょう、ゼフェル様」
ランディが鼻にティッシュを詰めて首のあたりをマルセルにたたいてもらっているのをよそに
意地悪そうな顔で尋ねるゼフェル。
「何か変な考えとかあったんじゃねーのか?」
「な! そ、そんな事は・・・!」
自分の心が見透かされ、慌てて否定しようとしたヴィクトールの鼻から一筋の血が流れた。
「うわっ! 鼻血ぶーだ!! 鼻血教官だ!!!」
「ち、違います、ゼフェル様!!」
必死でゼフェルを呼び止めるヴィクトールだったが、ゼフェルはすでに部屋から出て行って
しまっていた。
ランディは気の毒そうにヴィクトールを見ながら、そしてティムカもマルセルも未だ状況の
わかっていないアンジェリークを連れて無言のまま部屋を出て行った。
「ああっ! 待ってください!
ランディ様! マルセル様! ティムカ!!」
こういったことの伝達は異常に早い。
ヴィクトールの必死の弁解も虚しく、会う人達からは気の毒そうな視線を送られたり、
お子様軍団、特にゼフェルからはことあるごとに“鼻血教官”とからかわれ、ルヴァからは
“こんなものでよろしければ〜”と『大人の本』を渡された。
「ううっ・・・
俺が何をしたっていうんだ!!」
部屋の隅っこで一人涙しているヴィクトール。
この不名誉なあだ名は、しばらくの間彼についてまわっていたという・・・
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