仔猫アンジェ ゼフェル様編 1
「ルヴァ!」
執務室のドアが乱暴に開かれ、地の守護聖ルヴァのもとに鋼の守護聖ゼフェルが
飛び込んできた。
息をきらし、左手には女性物の洋服、右手には子猫を持っている。
「・・・ゼフェル? どうしたんですか?」
「こ、こいつがネコになっちまったんだよ!」
「───こいつ? ・・・ネコ?」
子猫はおとなしくゼフェルの右手にぶらさがっている。
金色の毛をもつ、とても愛らしい子猫だった。
「何とかしてくれよ!」
「あ、あの・・・?」
いったい何のことやらわからないルヴァはゼフェルと子猫をぽかんと眺めている。
「ルヴァ!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください、ゼフェル。
いったい何があったんですか〜?」
「こいつがきのこを食べたらネコになっちまったんだよ!」
「・・・・・・は?」
「あーーーーー!
だから! アンジェリークがネコになっちまったんだよっ!!!」
あまりの突然のゼフェルの言葉にそのままうしろにひっくり返るルヴァ。
「おいっ! ひっくり返ってる場合じゃねーだろっ!
なんとかしてくれよっ! こいつを元に戻してくれっっ!」
「──────あ。
ゼ、ゼフェル、再度聞きますが、その子猫が・・・アンジェリーク?」
なんとか立ち直ったルヴァは信じられない、という風にゼフェルに問いかける。
「ああ! そうだってさっきから言ってるだろーがよっ!」
ゼフェルはぶらんぶらんと子猫を揺らしながら、ルヴァの目の前に子猫を差し出した。
「ど、どういういきさつで・・・」
「だぁからっ! きのこを食ったらこうなっちまったんだっつーの!」
「きのこ・・・ですか?」
「おう! 森の湖の奥に生えてたんだよっ!」
「・・・・・・」
そういえば、と、昨日植物図鑑を借りにアンジェリークが来ていたことをルヴァは思い出した。
森の湖の植物をゼフェル様と一緒に調べるんです、と嬉しそうに語っていたことも。
「それで・・・」
「んでよ、こいつがそれを見つけて・・・
植物図鑑で調べたら“香り茸”とかって書いてあってよ」
「・・・・・・」
「すっげーうまい、って書いてあっからちょっと焼いて食ってみよっつー話になって」
「それで・・・食べた、と」
「ああ・・・そしたらこいつが・・・」
「でも、ゼフェル? あなたは食べなかったのですか?」
「───すっげーうまい、っつーからこいつに食べさせてやろうと思ってよ・・」
聞かれてぽつん、と照れくさそうに話すゼフェルをルヴァは微笑みながら見つめていた。
少し素直ではないところがあるが、心根はとても優しい少年である。
おいしいと書いてあったきのこをアンジェリークに譲り、アンジェリークがそれを食べ、
猫になってしまったのを驚き、そのままルヴァのところにやってきたのだろう。
「待っていてくださいね、植物図鑑はどこにありますか?」
ゼフェルはアンジェリークの洋服と一緒に持っていた植物図鑑をルヴァに手渡した。
「“香り茸”でしたね〜」
ルヴァは独り言をいいながら、“香り茸”がのっている頁を開いた。
ゼフェルも一緒に覗き込む。
そこには“香り茸”の写真と一緒にそれに関する説明文がのっていた。
「おかしいですね、ネコになるなん・・・」
言いさして、ルヴァの顔が青くなっていく。
「まさか・・・」
「ルヴァ?」
心配そうにルヴァを見るゼフェルをよそにルヴァはパラパラと図鑑をめくり、
やがてある頁を開いてため息をついた。
「・・・やっぱり・・」
「いったい何なんだよ! ルヴァ!」
「ゼフェル、あなた達が見つけたのは“猫茸”というものなんですよ」
「・・・マオたけ?」
「ええ、“香り茸”とよく似ているきのこなんですが・・・
ほら、このカサのところの模様を見てください。
“香り茸”より“猫茸”の方が丸い斑点が一つ多いんですよ。
この“猫茸”というのは食べてしまうと文字通り猫になってしまう副作用を持つ、
一種の毒きのこなんですよ」
「毒・・・って・・・」
「あ、いえいえ、死に至るというわけではありませんが、一度食べると体内からその成分が
消えない限り元には戻らないんですよ」
「ってことは、こいつ、元に戻るんだな?!」
「そうですね、ですがそれがいつになるかは・・・」
「解毒剤とかはねーのか?」
「あいにくと・・・。
これはとても珍しいきのこで、数百年に一度しか生えてこないんです。
───ですので解毒剤はありません。
仮にあったとしても、探すのにも取り寄せるのに時間がかなりかかりますからね〜
それならば、アンジェリークの体からその成分が消えるのを待つほうが早いと思います
けれどね」
「・・・だいたいの目安でいーんだ、どれくらいの日数で元に戻るんだ?」
「先程も言いましたが、それはわかりません。
一日で戻るのか、一週間かかるのか・・・アンジェリークの体質次第ですね」
「そうか───」
「それから図鑑に書いてありましたが、猫になっている間の記憶は残らないそうです。
アンジェリークが元に戻った時には、あなたと一緒に森の湖に行った時の記憶からということ
になりますね」
ゼフェルは右手にいるふわふわした子猫を見ている。
「それよりも・・・」
「なんだよ?」
言いにくそうなルヴァの話をゼフェルは促した。
「いえ・・・その、今は女王試験の最中ですよね・・・」
「おう・・・・・って?!」
「もし、こんなことがジュリアスの耳にでも入ったら───」
顔がこわばる二人。
おそらくアンジェリークが猫になったと知ったら、大騒ぎどころの話ではないだろう。
「ルヴァ・・・」
「───アンジェリークは風邪をひいてしまった、ということにしておくほうが賢明でしょうね。
さすがにいつまでも、というわけにはいかないでしょうけれども・・・」
「そ、そうだな・・・」
「それで、その子猫になったアンジェリークはどうしますか?
私が預かりましょうか?」
「───いや、オレの責任だからな、オレが面倒みる」
「そうですか、わかりました。
何か聞かれたらジュリアスや他のみんなには私の方からうまく言っておきますね」
「すまねーな・・・」
ゼフェルは珍しく素直にルヴァにお礼を言い、子猫アンジェを連れてルヴァの執務室を後にした。
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