今日も今日とて ジュリアス様編
今日も今日とてジュリアス様は真面目に執務に取り組んでおられます。
ジュリアス様は『光の守護聖』で人々に『誇り』を与えていらっしゃいます。
そんなジュリアス様の性格は“超”がつくほど真面目で、良く言えば謹厳実直、
悪くいえば堅物というところでしょうか。
普段はあまりにこやかでないジュリアス様が、今日はどういうわけか朝からご機嫌がいいようで
楽しそうに執務をこなしておられます。
いったいどうなさったのでしょうか?
───答えは簡単。
今日、アンジェリークを私邸に招いてお夕食をともにする約束があるからです。
いつもは大変な執務も今日は苦にならないといった感じで素早く的確に仕事を終わらせると
いそいそと私邸へとお帰りになられるジュリアス様。
心はすでにお夕食会へと飛んでおられるご様子です。
メニューを何度も確認し、部屋も綺麗に整え、私服に着替えられたジュリアス様はそわそわしながら
アンジェリークの到着を待っておられました。
やがて日が翳り、約束の時間の少し前にアンジェリークを乗せた馬車が到着いたしました。
懐中時計で時間を確認し、ほぼ定刻通りに到着したアンジェリークを迎えるジュリアス様。
とっても嬉しそうです。
すぐに食堂へと案内し、アンジェリークをゲスト席に座らせるとご自分もホスト席へと腰を降ろします。
長くとても高そうなテーブルと椅子、天井からは豪華なシャンデリアが下がっていて、まるでお城のような食堂。
テーブルの上には色とりどりの花が飾られ、銀の燭台の上にはろうそくの灯が煌いています。
どことなく緊張しているアンジェリークの様子を優しく見守り、側に控えている給仕係に目で合図すると、
ジュリアス様は今日来てくれたお礼をアンジェリークに伝えました。
律儀なジュリアス様のことです。
これが炎の守護聖オスカー様なら、アンジェリークの顔が赤くなるような美辞麗句を並べるところでしょうが、
ジュリアス様は違います。
まるで演説を始めるかのように淀みなく、アンジェリークには少し難しい言葉を延々と喋りだします。
一生懸命お話されているジュリアス様を見て、話半分のアンジェリークではありましたが真剣に聞いている
フリをしていました。
それを見て、またご満悦のジュリアス様。
一層お話に熱が入ります。
そんなジュリアス様のご様子を見て、食前酒を運んできた給仕係はいったいいつこの食前酒をお出しすれば、
とおたおたしています。
いつまで続くのかと思ったお話が終わり、ホッとした給仕係はお二人の前に食前酒をお運びしました。
細身のグラスに注がれるドンペリニヨン。
ジュリアス様がアンジェリークの為に選んだ最高級のものでした。
目と目で乾杯の合図をし、お食事会が始まりました。
前菜やスープなど運ばれてくるタイミングも完璧で、そしてどれをとってもアンジェリークにとって
大変おいしいものでした。
静かな会話、薄暗い明かりの中でとるお夕食はムード満点で、ジュリアス様のグラスをあける頻度はいつもより
高くなっています。
メインディッシュが運ばれた時、ジュリアス様はアンジェリークを寮に帰したくなくなっていました。
メインディッシュが終わるとデザートと食後のコーヒーが運ばれてきて、この楽しいお夕食会も終わりです。
お礼を言って帰るアンジェリークを見送るだけです。
お酒のせいでもありましょうが、ジュリアス様だって人間です。
好きな女性ともっと一緒にいたい、という感情が芽生えていました。
しかし、今は女王試験の最中であり、アンジェリークは女王になるために頑張っている女王候補。
その彼女をこれまた守護聖である自分が・・・と必死に理性と戦っておられました。
その時です。
ジュリアス様の視界の端に何やら飛び込んできました。
ハッとアンジェリークを見ると、どうやらメインディッシュの子羊のローストを切ろうとしてそのはずみで添付けの
にんじんのグラッセをポロっとお皿からこぼしてしまったようです。
『あっ!』とジュリアス様が思った時、アンジェリークはそのにんじんをフォークで刺してふぅふぅっと息をかけると
自分の口に運びました。
唖然とするジュリアス様。
いくらテーブルクロスの上に落ちたものだからといって、落ちたものを再び口に運ぶなんて考えられません。
驚いているジュリアス様を見て、アンジェリークはテレ笑いをしながらもきっぱりと言いました。
「3秒ルールですから大丈夫ですよ、ジュリアス様!」
アンジェリークの堂々とした態度、そして3秒ルールとは?
いっぺんにジュリアス様の酔いも冷めました。
しばしの沈黙の後、ジュリアス様は3秒ルールについてアンジェリークに尋ねました。
彼女の説明によると、3秒ルールとはテーブルなどの比較的綺麗な場所にこぼしてしまった食べ物は、
落ちて3秒以内に息を吹いて埃を取って食べると大丈夫だということでした。
何が大丈夫なんだか良くわかりませんが、とにかくそういうことです、と元気良く答えるアンジェリーク。
そんなルールがあるとはさすがのジュリアス様も知りませんでした。
「そうか・・・そのような作法があるとは・・・」
「作法というか・・・う〜ん・・・そうですね」
長く守護聖をやっているとどうしても世界が狭くがちな自分に知らないことがたくさんあるものだ、と反省し、
そしてそれを教えてくれたアンジェリークに密かに感謝するジュリアス様。
なるほど、と納得してお食事会は再開されました。
さきほどとはちょっと違ったムードで進むお食事会。
やがて食後のコーヒーを飲むと、アンジェリークが寮に帰る時間が近づいていました。
今日のお礼を言って席を立つアンジェリーク。
ジュリアス様も今日の夕食会が楽しかったことや3秒ルールについて教えてくれた事等のお礼を言うジュリアス様。
二人の間は夕食会の前と後ではさらに一歩縮まったようです。
アンジェリークを乗せた馬車が見えなくなるまで見送ったジュリアス様は満足気にご自分の部屋に入り、
とても良い気分でベッドに入りました。
アンジェリークとの仲も一歩進み、幸せ絶頂のジュリアス様。
そのジュリアス様にディア様からお茶でも飲みませんか、とお誘いがありました。
ディア様に招かれるままに部屋に入ると、他の守護聖様達もお誘いなさったのか、中にはオスカー様と
水の守護聖リュミエール様がいらっしゃいました。
ケーキを焼いたのでどうぞ、とそれぞれの前にいちごがふんだんに使われたナポレオンパイと香りの良い紅茶が
並べられます。
二人の女王候補のことや飛空都市のお話が弾む中、気をつけてはいたのですがジュリアス様はうっかりと
いちごを落としてしまいました。
さぁ、ここでアンジェリークに教えてもらった“作法”の出番です。
ためならいなくいちごをフォークで刺し、息を吹いて埃を落とすと堂々と口に運びました。
得意満面のジュリアス様と対照的なディア様やオスカー様、リュミエール様。
オスカー様にいたっては、ジュリアス様ご乱心?! とばかりに顔が青くなっています。
そんな視線を受けて、ジュリアス様は3秒ルールという“作法”の説明をみんなにしました。
説明を聞き終わらないうちにディア様は笑いがとまらなくなっていました。
そういえば、女王陛下も通っていたスモルニィの学生時代みんなやっていたわね、と懐かしくもありました。
笑いが止まらないディア様に、ジュリアス様は不安と同時に不機嫌になっていました。
何がいけなかったのか、フォークの刺し方が甘かったのか。
やがて落ち着いたディア様の口から出た言葉はジュリアス様を『不機嫌モード』から『激怒モード』に変えたのです。
それは“作法”でもなんでもなく、他愛ない女学生の一種の遊びみたいなものなのです。
この言葉を聞いた瞬間、ジュリアス様のお顔は真っ赤になっていました。
そして必死に平静を保ちながらも額に怒筋を浮かべ荒々しく部屋を出ていくジュリアス様。
後は推して知るべしです。
元気良くジュリアス様の執務室を訪れたアンジェリークに地獄より怖いものが待っていたそうです。
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