水のANGEL
『初めて、彼女を見たとき、天使かと思った』
よくある言葉。
そんな言葉を聞くたびに、そんなこともあるはずが・・・と思った。
そして、まさか自分がそう思うことになるなんて、思いもしなかった。
だけど、本当に天使みたい・・・いや、天使だった。
初めて彼女を見た時、幻のように思えた。
その彼女が、こちらを向いたとき、胸の奥で何かが音をたてた気がした。
真っ直ぐにこちらを見た彼女の瞳から、眼が離せなくなった。
胸に込み上げてきたものは、切ない程の愛しさ。
いや、そんなものより、もっと強く惹きつけられる、そんな想いだった。
『・・リュミエール様・・・』
怯えた目に涙を一杯溜めてふるえるアンジェリークにリュミエールは何も言えなかった。
そして、つい目を逸らしたのは確かにリュミエールだった。
どうしてなのかは解らない。
今日こそはアンジェリークに、と思っていたのに・・・
───なんであんな事を・・・
日の曜日の朝、リュミエールはアンジェリークを誘った。
「お天気が良いので、散歩にでも行きませんか?」
「はい! リュミエール様!
ちょっと支度して来ますね、待っていていただけますか?」
「ええ、もちろん」
にっこりと笑うアンジェリークは部屋のドアを一度閉めた。
部屋の外でリュミエールはアンジェリークが出てくるのを待っている。
今日はアンジェリークに・・・
───そう、今日リュミエールはアンジェリークに自分の気持ちを打ち明けるつもりだった。
初めて出逢った時から少しづつ心の中で膨らんできた想い。
彼女が女王候補で自分が守護聖であることの垣根を越えたかった。
でも自分のことをアンジェリークはは受け入れてくれるだろうか・・・
リュミエールの大好きなあの笑顔をみんなに見せる天使。
自分だけに向けられるわけではないあの笑顔───
・・・やはり止めておくべきか。
いや、もう決心した。
彼女が誰かを好きでも、自分のこの気持ちは伝えたい。
リュミエールにはアンジェリークの出てくるまでの時間がとても長く感じられた。
「私はアンジェリークのことが好きです」
どうしても言えなかった。
とても恐かった。
アンジェリークから『ごめんなさい』と謝られることが───
散歩中のとりとめのないおしゃべりの途切れた僅かな沈黙が、気まずい雰囲気が、ものすごく恐かった。
ごく自然にアンジェリークを自分の部屋に呼び、お茶を飲んでいた時だった。
「どうしたんですか? リュミエール様。
お体の具合でも悪いんですか?」
心配そうに自分を覗き込む美しい瞳。
そして心の底から心配しているアンジェリークの言葉に、自分の心を見透かされたと感じて・・・
気が付いたらアンジェリークを抱きしめてた。
違う、そうじゃない。
今日は、アンジェリークに自分の気持ちを伝えるために・・・
けれど自分を見上げたアンジェリークの瞳に怯えに似た色が見えた時───
もう何も考える事が出来なくなって、気がつくとアンジェリークの唇の上に自分の唇を重ねていた。
「リュミエール様・・・やめ・・・て・・・」
だが、リュミエールの行動もそこまでだった。
抵抗していたアンジェリークが、まるで人形のように動かなくなった事に気付いた時、
リュミエールは動くことも、言葉を発することもできなかった。
リュミエールが体を離しても暫く動かないアンジェリーク。
「アンジェリーク・・・申し訳・・・ありません」
やっとの思いで口を開いたリュミエールはそれを言うのが精一杯だった。
「・・リュミエール様・・・」
涙をポロポロとこぼしながらうつむいたまま呟いたアンジェリークの言葉がリュミエールの心に突き刺さる。
そして次の瞬間、アンジェリークはリュミエールから逃げるように部屋を出て行った。
『待ってください! アンジェリーク!』
心の中でそう叫んでもアンジェリークに聞こえるはずがないのに、声が出せなかった。
ドアを閉める音、そして走り去るアンジェリークの足音がやけに大きく耳に響く。
リュミエールを信じて、その誘いを何の疑いもなく聞き入れて・・・
なのに自分はアンジェリークに何ということをしてしまったのか───
その事がさっきから頭の中をぐるぐると駆け巡る。
リュミエールはそんな想いを振り払おうとしたが何も変わらない。
アンジェリークの怯えた顔、そして涙をこぼしていた顔が目に焼き付いて離れない。
好きだからこそ、アンジェリークが欲しかった。
大切な人だから、もっと大切にしなければならなかった。
自分があんなことをしなければ、アンジェリークと楽しい時間が過ごせただろう。
リュミエールはゆっくりとアンジェリークが座っていたところに手を延ばした。
でもそこにはもうアンジェリークの温もりは無く、冷たく冷えきっていた。
もう今までのような関係には戻れないだろう。
明日からどんな顔をしてアンジェリークに会えばいいのか。
アンジェリークは自分の事を、絶対に許してくれないだろう。
許してくれないが、彼女のことだ、きっといつものように何も変わりなく接してくれるかもしれない。
心を閉ざしたまま───
まだ無視された方が良い。
そんな辛い状況を招いてしまった自分の行動をリュミエールは後悔した。
その後悔の念で押し潰されそうだった。
───謝らなければ。
今更許しを乞おうとは思わない。
だが、謝らずにはいられなかった。
あの笑顔を見られるなら・・・
たとえそれが自分に向けられたものでなくとも───
そして、どうしても伝えたかった自分の気持ち。
リュミエールはそう決心して、アンジェリークの後を追った。
「アンジェリーク・・・」
私邸からそう遠くない道を歩いていたアンジェリークを見つけ、リュミエールは声をかけた。
無言のまま泣きはらした瞳でリュミエールをじっと見るアンジェリーク。
その頬にはいく筋もの涙の痕が残ってた。
「リュミエール様・・・私・・・」
そこまで言ってアンジェリークはリュミエールにしがみついた。
驚きながらもリュミエールがそっとアンジェリークの肩に手を回す。
「私・・・リュミエール様のことが好きなのに・・・いざとなったら恐くなって・・・」
アンジェリークは息を詰まらせ、しゃくりあげる様にリュミエールの腕の中で話し続ける。
「でも・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・私───」
その後のアンジェリークの声は泣き声になって、リュミエールには何を言ってるかはわからなかった。
「私こそ・・・あなたに対してひどいことをしてしまいました。
今日は───私の気持ちをあなたに伝えたかったのです」
「リュミエール様・・・」
「私がどれだけあなたを愛しく想っているか───
初めてあなたに会った時から、どれほどの想いをつのらせてきたのか・・・
それをあなたに伝えたかった・・・それなのに・・・」
辛そうにリュミエールは自分の気持ちを語り出した。
大切な人を傷つけてしまったことへの後悔の気持ち。
そしてあふれんばかりのアンジェリークへの想い。
天使はリュミエールの腕の中でじっとそれを聞いていた。
「アンジェリーク・・・私を許してくれますか?
あなたに───」
リュミエールの言葉がそこで途切れた。
リュミエールの唇に天使の柔らかい唇が重なる。
「さっきのお返しです、リュミエール様」
「───アンジェリーク」
恥ずかしそうにうつむいてしまった天使を愛しそうに見つめるリュミエール。
何よりも自分を許してくれたこと。
そして自分の想いが叶ったことに言い表せない幸福感を感じ、リュミエールは天使を抱きしめる
手に力を込めた。
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