最高のB.D
それはルヴァ様が聖殿へ行く途中のことでした。
「・・・おや?」
道の脇にある茂みの中に可愛いふさふさの尻尾が見えました。
「狐・・・ですかね〜」
近寄りますが、動く気配がありません。
どうしようかと思ったルヴァ様でしたが、思いきって茂みをかきわけてみました。
「あ〜・・・」
どうやら茂みの中で怪我をして動けなくなったらしく、足から血を流している
仔狐が悲しそうにルヴァ様を見上げていました。
「暴れては怪我がひどくなってしまいますから、大人しくしていてくださいね〜」
ルヴァ様の優しい言葉がわかったのでしょうか、仔狐は大人しくルヴァ様の手に
身体を預けました。
「・・・さて、とじゃあ行きますよ〜」
「コン・・・」
腕の中の仔狐は返事をするように鳴きました。
「ルヴァ様、こんにちは!」
「あ〜いらっしゃい、アンジェリーク」
元気に挨拶して執務室へ入って来たアンジェリークをルヴァ様は笑顔で迎えます。
「あら・・・?」
すぐにアンジェリークは仔狐に気がつきました。
足にぐるぐる包帯を巻かれた仔狐は、柔らかいクッションの上にちょこんと座っていました。
「怪我をしているんですか? ルヴァ様?」
「ええ、ここへ来る前に見つけましてね〜・・・
先ほど手当てを終えたところなんですけれど───
良くなるまでちょっと時間がかかるみたいですね〜」
「そうですか・・・
じゃあルヴァ様がお世話をされるんですか?」
「はい」
にっこりと笑うルヴァ様にアンジェリークが言いました。
「名前はなんて言うんですか?」
「あ〜・・・それはその〜・・・」
「?」
「え〜と・・・ですね・・・
アンジェと呼ぼうと思いまして───あの・・・その・・・」
ぽっとアンジェリークとルヴァ様の頬が赤く染まります。
「だめ・・・でしょうかね〜・・・」
「い、いいえ・・・」
照れる二人を不思議そうに仔狐アンジェが見ていました。
それからしばらくたって、仔狐アンジェの足の怪我は随分よくなり、まだ多少足を引きずるものの、
元気に走り回ったりするようになりました。
「だいぶよくなりましたね〜、アンジェ」
「コン♪」
大好きなアンジェリークの名前をつけた可愛い仔狐。
自分に甘えるアンジェをルヴァ様もとても可愛がっていました。
足の怪我が良くなった仔狐アンジェは朝になるとルヴァ様と一緒に私邸を出てどこかへ遊びに行き、
ルヴァ様が聖殿から戻る頃になると玄関で待っている仔狐アンジェ。
ルヴァ様は毎日楽しい日々を送っていました。
ところが。
ちょっとした騒動が聖地に起こりました。
それはアンジェリークの姿があちこちで見かけられるようになったのです。
今しがた執務室でお茶をのんでいたかと思えば、もう他の守護聖と仲良く喋っていたり、
今聖殿にいたかと思ったら、公園にいたり、と。
そんなある日の事。
それはアンジェリークが散歩をしていた時のことでした。
それは自分とルヴァ様が仲良く公園でお喋りをしていたのです。
「え?」
何度も目をこすったり、ほっぺたをつねったりしましたが夢ではありません。
『なぜ?』と不思議がるアンジェリークは、そのままルヴァともう一人の自分を観察することにしました。
やがて、お喋りも終わったのでしょう、ルヴァ様ともう一人の自分が立ち上がり、別々の方向へ歩き出しました。
しばらくもう一人の自分の方の後ろを歩いていたアンジェリークでしたが、とうとう声をかけました。
「待って!」
呼び止められたもう一人の自分は振り返って、驚いた顔をして走り出しました。
「待って、お願い!」
慌てて後を追いかけますが、大きな石に躓いて、アンジェリークは転んでしまいました。
「きゃっ!!」
足からは血が流れています。
それに気がついたもう一人の自分が、こっちへ歩いてきました。
「あ───」
「コン・・・」
もう一人の自分は、小さく鳴くと、あの仔狐の姿に戻ったのです。
「アンジェ・・・」
そして仔狐アンジェはアンジェリークのほっぺたをぺろっと舐めると、そのままどこかへ走って行き、
すぐにアンジェリークの所に戻って来ました。
口には何か植物をくわえています。
どうやら傷口に塗る薬草のようでした。
「アンジェ───」
すまなそうにじっとこっちを見る仔狐アンジェ。
アンジェリークはそっと手を出しました。
「おいで、アンジェ・・・」
「コ・・ン」
ふかふかのアンジェの身体を抱きしめ、アンジェリークは道端に座ったまま仔狐アンジェに尋ねました。
「ルヴァ様が好きなのね?」
「・・・・コン」
腕の中で、涙がこぼれそうな目をしてアンジェリークを見つめる仔狐アンジェ。
「そう・・・じゃあ、アンジェにお願いがあるの」
「コン?」
「あのね、明日ルヴァ様のお誕生日なの。
でもね、私、怪我をしちゃって歩くのも大変みたい。
だから、私の代わりにルヴァ様にお誕生日のプレゼントを渡してくれないかなって・・・」
「コン!」
「ふふっ、じゃあ綺麗にしないとね♪」
アンジェリークは仔狐アンジェの持って来た薬草を足につけると、仔狐アンジェを抱っこしたまま寮へと
帰りました。
「コンっ! コンっ!」
「大人しくしなさいって!」
夕食後、シャワー室で仔狐アンジェを洗うアンジェリーク。
「綺麗にしてルヴァ様に会いたいでしょ?」
「コ・・・ン」
アンジェリークの言葉に仔狐アンジェは大人しくなりました。
「女の子はね、綺麗にしておかなきゃね♪」
「コン♪」
洗い終わった後はゆったりと湯船に気持ちよさそうにつかり、体を拭いてもらって仔狐アンジェの
バスタイムが終わり、二人(?)は同じベッドで仲良く眠りました。
「じゃあ、これをルヴァ様にお誕生日おめでとう、って渡してきてね」
「コン♪」
仔狐アンジェは小さく鳴くと、アンジェリークの姿に変身しました。
そして鳴いたのと同じぐらい小さな声で「ありがとう」と言ってアンジェリークの部屋を出て行きました。
「おや〜・・来てくださったのですね」
「さぁ、どうぞ・・・ゆっくりしていってくださいね〜」
アンジェリークの姿をした仔狐アンジェはお礼を言って、ルヴァ様の執務室へと入りました。
「お誕生日おめでとうです、ルヴァ様」
「あ〜・・・ありがとう、嬉しいですよ」
ゆっくりと時間が流れていきます。
仔狐アンジェはとても楽しい時間を過ごしました。
そして、お茶を飲み終わった時、ルヴァ様が言いました。
「アンジェ・・・あなたの気持ちはとても嬉しいですよ。
ですが、私は───」
「──────」
ルヴァ様はわかっていたのでした。
仔狐アンジェは再び鳴いて、元の姿に戻りました。
その仔狐アンジェを優しく抱き上げてルヴァ様が話を続けます。
「アンジェと出会って、とても楽しい日々を過ごさせてもらいました。
とても・・・ね」
「コ・・・ン」
「誤解しないでくださいね・・・
決してあなたを嫌いと言っているのではありません。
先ほども言った通り、あなたの気持ちは嬉しいですよ。
ですが、私はアンジェリークを・・・愛しています。
この気持ちは変わりません───」
「・・・・コン」
仔狐アンジェの目に涙が浮かびました。
───人間だったら・・・
自分がアンジェリークだったら・・・
大好きなルヴァ様と一緒にいられたのに───
そう仔狐アンジェの瞳が言っていました。
仔狐アンジェの言いたい事はルヴァ様にもわかっていました。
「辛い思いをさせてしまって申し訳ありません、アンジェ。
ですが、私も自分の気持ちに嘘をつくことはできません───」
「・・・・・」
「───あなたが元気になって・・・
もし・・・素敵な彼を見つけたら・・・また遊びに来てくださいますか?」
「・・・・・コン」
「アンジェ───」
ルヴァ様の柔らかい唇が仔狐アンジェの額に触れました。
「コン・・・コン・・コン」
ぽろぽろと涙を流し続ける仔狐アンジェをいつまでもルヴァ様は抱いていました。
「アンジェリーク」
部屋のドアがノックされて、ルヴァ様が顔を出しました。
「ルヴァ様・・・」
「今日はプレゼントをありがとうございました」
「え、あ・・・喜んでいただけて嬉しいです、ルヴァ様」
「ちょっとお時間をいただきたいのですが・・いいでしょうか?」
「あ、は、はい」
ルヴァ様はアンジェリークを誘って外へと出ました。
外はすでに暗く、空には満点の星が輝いています。
「アンジェリーク、アンジェは帰って行きましたよ」
「えっ?!」
そう言った後、慌ててアンジェリークが口を押さえました。
そのアンジェリークを見て、ルヴァ様がくすっと笑います。
「それでですね〜・・・あ〜・・
あの仔狐をアンジェと呼んで、何だか貴女と一緒にいるようでして・・・
それで、アンジェがいなくなってしまってとても寂しくなりまして───」
「ルヴァ様・・・」
「貴女がずっと・・・その〜・・・側にいてくれたらと・・あの・・・」
一度深呼吸をするとルヴァ様は改めてアンジェリークに言いました。
「貴女さえよければ、私と一緒にいてもらえませんか?
私の大事な人として・・・」
「ルヴァ様───」
「あなたを・・・愛しています、アンジェリーク」
星空の夜、二人の影はずっと寄り添っていました。
それから一年後───
「アンジェリーク! アンジェリーク!」
朝、ルヴァ様が妻を呼ぶ声が私邸に響きました。
「・・・ルヴァ様?」
「あ〜・・・こちらへ来てください、アンジェリーク!」
寝起きでぼ〜っとしたアンジェリークの腕を引っ張って、ルヴァ様がお庭に出ます。
「あ───」
そこには、仔狐アンジェの姿がありました。
少し大きくなっていて、隣には仔狐アンジェより一回り大きな狐がいました。
「アンジェ!」
アンジェリークが呼ぶとうれしそうに駆け寄ってきて、甘えた声を出す仔狐アンジェ。
「彼氏ができたのですね〜・・・アンジェ・・・」
「コン!」
手を出したルヴァ様に返事をするように仔狐アンジェが鳴きました。
二匹の狐は、仲良さそうに身体をよせあいじゃれついています。
とっても嬉しそうに目を細めるルヴァ様。
二匹はしばらくルヴァ様のお庭で遊び、さよならを言うように鳴いて、姿を消しました。
「あ! 今日はルヴァ様の・・・」
「ええ───
アンジェリーク、あなたがいて・・アンジェが来てくれて・・・
最高の誕生日のプレゼントですよ───」
少し目に涙を浮かべ、ルヴァ様とアンジェリークはいつまでも二匹の狐が消えた場所を眺めていました・・・
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