想失
元気のいい足音が聞こえ、ルヴァは読んでいた本を閉じた。
顔をあげると、アンジェリークの姿が目に飛び込んでくる。
そして、心地良く響く彼女の声。
「ルヴァ様!」
早まる胸を落ち着かせようと、ルヴァはわざとゆっくり立ち上がった。
辺りの喧騒などまったく関係ないぐらい静かな湖。
静か過ぎるがゆえに、自分の鼓動がアンジェリークにまで届きそうである。
「ごめんなさい! 少し遅れちゃったかも・・・」
「いえいえ、私の方が早く来すぎたんですよ、アンジェリーク」
そう言いながら、アンジェリークにはわからないようにそっと大きく息を吸い込む。
今日のルヴァの一大決心。
それは、アンジェリークに告白することである。
彼女は自分を受け入れてくれるのだろうか。
ともに永い時間を一緒に過ごしてくれるのだろうか。
もし断られたら───
そんな想いがルヴァに告白を踏みとどまらせていた。
だが。
アンジェリークへの想いは募るばかりである。
「ルヴァ様?」
顔をのぞきこまれて、ルヴァははっと我にかえった。
「あ・・・あ〜ごめんなさい。
ちょっと考え事をしていたもので───」
「───ならいいんです。
最近のルヴァ様ちょっと元気がないみたいだったから・・・」
寂しそうに、それでいて安堵の表情を浮かべるアンジェリーク。
「・・・あ〜・・・」
「でも・・・今日はご一緒できて、とっても嬉しいです!」
その言葉が引き金となった。
頭で考えていた言葉など消し飛んでしまい、ルヴァは思わずアンジェリークを抱きしめていた。
「きゃっ!」
アンジェリークが驚くのももっともだろう。
いきなりルヴァが自分を抱きしめたのだ。
そして、瞬間的にアンジェリークはルヴァを突き飛ばしていた。
「───ル、ルヴァ様!」
突き飛ばされたルヴァはふらふらと身体のバランスを崩し、おもむろに地面に倒れ込んだ。
普段ならなんでもなく体勢を整えられるのだが、突発的な行動とアンジェリークの思いがけない行動に
なすすべもなかった。
ごちん、というにぶい音がアンジェリークにも聞こえた。
そして、そのままルヴァは動かなくなってしまったのだった。
「ルヴァ様!!」
「・・・私が悪いんです───」
ルヴァのベッドの側で、顔をぐしゃぐしゃにしながら呟くアンジェリーク。
あの後、たまたま近くにいたマルセルにルヴァが倒れていることを知らせ、ルヴァは自分の私邸に運びこまれた。
ルヴァの自室にはアンジェリークの他、守護聖達が全員揃っていた。
「アンジェリーク、そんなに自分を責めてはいけませんよ」
リュミエールの慰めに、アンジェリークは頭を横に振る。
「あの時・・・私が───」
「ダメダメ★ 医者も言ってたじゃナイ?
もう少ししたら目を覚ますって★
ルヴァが目を覚ました時にアンタがそんな顔してちゃダメだって♪」
「・・・・・・」
「しかし、何故このようなことに───」
「──────」
「ケッ、おおかたこのトロくせー女がこけそうになったのをかばったんだろーがよっ!
───ったく、自分もトロくせーしてよ!」
「ゼフェル! そんな言い方はないだろう!」
「うるせー! テメーは黙ってろよ!」
「ゼフェル!」
「やめてよ、二人とも。
ルヴァ様の前で───」
ゼフェルはゼフェルなりに心配しているのだろう。
乱暴な口調ではあるが、顔つきは真剣だった。
「ルヴァ様───」
どうしてあの時、ルヴァ様を突き飛ばしたりしたんだろう。
いくら驚いたからといって、ルヴァ様を突き飛ばすなんて───
大好きな、大好きなルヴァ様を・・・・
「───目が覚めたようだな・・・」
クラヴィスの呟きに全員が反応した。
ベッドに寝かされていたルヴァが目を開けたのである。
「ルヴァ!」
「ルヴァ様!」
「あ〜・・・・・」
まだ痛むのだろうか、後頭部を押さえてルヴァがゆっくりと起き上がった。
「───ごめんなさい、ルヴァ様・・・」
「・・・・・・・」
「ルヴァ?」
ルヴァはアンジェリークの顔をまじまじと眺めている。
そして次の瞬間、全員が耳を疑った。
「あ〜可愛らしいお嬢さんですね〜・・・」
「ルヴァ!」
「ルヴァ様!」
「おいっ! オメー自分の・・・その、なんだ・・・
とにかく、このグズトロ女を忘れちまったのかよっっ?!」
「───ゼフェル、何をそんなに怒ってるんですか?」
「ルヴァっ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ★
アンタ本当にこの子のことを知らないってワケ?」
「オリヴィエ───」
オリヴィエの問いに再度ルヴァはアンジェリークの顔を眺め、深いため息をついた。
「申し訳ありませんが、わかりません・・・」
「俺、医者を呼んできます!」
「ぼ、僕も!」
ランディとマルセルが慌てて医者を連れ戻しに部屋を出て行く。
医者が来るまでの間、ジュリアスやリュミエール達がルヴァに様々な質問をするが、ルヴァの反応は
いつもと変わらなかった。
ただ一点を除いて───
急ぎ戻ってきた医者もただ首をひねるばかりであった。
ルヴァの側から離れないアンジェリークを部屋に残し、守護聖達は医者とともに部屋の外でルヴァの様態を
聞いていた。
「・・・私の力不足です、どうしてこのような症状になるのか・・・
女王試験のことも、この飛空都市でのことも、全て今までのルヴァ様でいらっしゃるのですが、
こちらのアンジェリーク様のことだけ覚えていらっしゃらない・・・・ということに───」
「女王試験のことは覚えているのに、アンジェリークを覚えていないとはどういうことなのだ?」
「それが・・・
もうお一方のロザリア様のことは覚えていらっしゃるのですが、その───」
言いにくそうに医者が言いよどむ。
「女王候補はお二人だということも存じておられます。
ただ、ロザリア様の他にもう一人いらっしゃるという記憶しかないのです」
「ばかな───」
「ジュリアス様、お気持ちはわかります。
私としても最善を尽くさせていただきますが、ルヴァ様の記憶がいつ戻るかということについては───」
「テメー! 医者だろう! 何とかしろよっ!」
「よせ、ゼフェル!」
医者に掴みかかろうとしたゼフェルを止めるオスカー。
「最善を尽くすと言ってるだろう!
それにルヴァ様の記憶が戻らないと言ってるわけじゃない!」
「───チッ」
「それで・・・私達にできることはありますか?」
尋ねるリュミエールに医者は首を横に振った。
「申し訳ありません。
今のところはこれと言って───」
飛空都市で一番と言われる医者に何もすることがない、と言われてはどうしようもなかった。
膨大な執務を抱えている守護聖達は重苦しい沈黙の中、一人、また一人とルヴァの私邸を後にした。
誰もがアンジェリークの胸中を思いながら・・・・
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