贖罪 3
あれからオスカーと夕食をともにし、夜遅く帰ってきたロザリアは、日の曜日にアンジェリークの悲鳴で目が覚めた。
ばあやがオロオロと部屋の中を歩き回っている。
「ばあや、私が良いと言うまで外に出てはだめよ!」
急いで着替えて、廊下に出る。
「リュミエール様?」
アンジェリークの部屋のドアの所にはリュミエールが悲しそうな顔をして立っていた。
アンジェリークはリュミエールと日の曜日の約束でもしていたのだろうか。
ドアは半開きで、中からはアンジェリークの泣き声が聞こえる。
無言で立ちつくすリュミエール。
「いったいどうなさ・・・・」
部屋の中をのぞいたロザリアは思わず声をあげそうになった。
アンジェリークとマルセルが、生まれたままの姿でベッドにいたのだ。
「リュミエール様! 違うんです!」
悲痛なアンジェリークの声。
続いてマルセルも声をあげる。
「違います、僕達何も・・・!」
だが、リュミエールはそのまま静かに寮を出て行ってしまった。
どうして・・・
昨日オスカー様はマルセル様をお連れになったのではないの?
・・・わからない、どうしてマルセル様とアンジェリークが?
「ロザリア! 信じて、お願い!」
「ともかく服を着なさい、アンジェリーク」
ロザリアの声にマルセルは床に落ちていた服を身に付けた。
幸か不幸か日の曜日に寮で世話をしてくれている人間はいなかった。
「ぼ、僕・・・」
「マルセル様、とにかく今はご自分の私邸にお戻りになっていてください」
「う・・・ん」
マルセルは一度視線をアンジェリークに送り、振り返りつつも部屋を出て行った。
「違うの、本当に違うの・・・」
「───わかっているわ、アンジェリーク・・・」
泣きじゃくるアンジェリークをなだめ、ロザリアは洋服を着せた。
アンジェリークの世話をしながらも、何ともいえない不安は膨れ上がっていく。
・・・まさか。
そんなはずは───
昨日のオスカーの言葉がロザリアには引っかかっていた。
『疲れたんじゃないのか?』
冷たく吐き捨てるような言い方。
今までのオスカーの態度や言動・・・
「ロザリア・・・ロザリア・・・」
「大丈夫、大丈夫よ、アンジェリーク」
言いながらロザリアは自分に言い聞かせていた。
「どうした? そんな恐い顔をして?」
ロザリアを出迎えたオスカーは口元こそ笑っていたが、アイスブルーの瞳は笑ってはいなかった。
「・・・オスカー様」
しぼり出すようなロザリアの声。
後の言葉が続かない。
「とにかくそんなところに立ってないで、入れ」
いつも二人で過ごす応接室に入る。
座るよう勧められたが、ロザリアは立ったままだった。
「私、オスカー様に・・・お聞きしたいことが・・・」
「何だ?」
「───昨日のことですわ」
「昨日?」
「はい・・・
───マルセル様をちゃんと私邸まで送って行かれたとおっしゃいましたよね?」
心臓が早鐘のように鳴っている。
最後の最後までオスカー様のことを信じたい。
お願い、肯定して・・・オスカー様。
だが、ロザリアの願いは届かなかった。
「アンジェリークと二人で朝を迎えたことか?
リュミエールはどうした? 怒ったか? それとも黙って立ち去ったか?」
心底楽しそうに笑うオスカーからロザリアは目が離せなかった。
「・・・やはり・・・そうだったのですね」
「何が『やはりそうだったのですね』なんだ? ロザリア?」
もはやオスカーの言葉はロザリアの耳には届いてなかった。
本意でなかったにしろ、大事な友達を傷つけてしまい、陥れてしまったこと。
その友達は、自分がオスカーとのことで悩んでいた時には本気で心配し、毎日部屋に見舞いに来てくれた。
「見栄えは悪いけど・・・」と言って、傷だらけの手でお見舞いの手作りのケーキを差し入れてくれた大事な友達。
色々なことが走馬灯のようにロザリアの脳裏をよぎる。
───そして何よりも愛してやまないオスカーの事をまだ信じようとしている自分のこと。
様々な思いがロザリアを苦しめる。
だが、オスカーを恨む気持ちはなかった。
全ては自分が愚かだった、ただそれだけだった。
目に涙を浮かべながらも、必死に泣くのをこらえるロザリア。
ロザリアは黙ったままオスカーの前を辞した。
「・・・・・・」
ロザリアの去った応接間は、ひどく寒く、そして哀しい空気に満ち溢れていた。
形容し難い気分がオスカーを襲う。
───どうしたんだ、これでいいはずじゃないか。
これを俺は望んでいたんじゃないか。
アンジェリークを手に入れたかった、最初はただそれだけだった。
だが、それも叶わぬ望みとわかってからは、心の隙間を埋めるべくアンジェリークの身代わりをロザリアに求めた。
しかし、それも無理だった。
どれほどオスカーが望んでも、ロザリアはアンジェリークにはならなかった。
どうでもいいと思う気持ちとアンジェリークを渇望する気持ちがせめぎあう中で、オスカーは自分の気持ちにケリをつけるべく、起こした行動。
身代わりですらアンジェリークが手に入らないのなら、アンジェリークそのものを壊してしまえばいい。
それがリュミエールとアンジェリークの仲を無理やり裂き、アンジェリークを不幸にすることだった。
そうすれば、時間はかかるかもしれないが、あの天使も自分に笑顔を向けてくれるだろう。
そのためにマルセルと、そしてロザリアを利用した。
ただそれだけのことだ。
それだけじゃないか。
自分で自分を納得させるために繰り返している自問自答。
───だが、依然としてオスカーの心は曇っていた。
釈然としない気持ちだけが自分を支配する。
そして、去り際に見たロザリアの顔がオスカーの心を痛いほど締めつけた。
全てを理解した上で、決してオスカーをなじらず、最後まで毅然としていたロザリア。
涙をこぼさないよう、必死で耐えていた顔。
「くそっ・・・」
いらだちまぎれにテーブルの上の物を振り払う。
派手な音とともに、小物が床に落ちて散らばった。
その中に、キラっと光る物。
ロザリアから引きちぎったペンダントのヘッドだった。
「──────」
どうやってオスカーにお礼を言おうか迷っていたロザリア。
腕の中で幸せそうに微笑んでいたロザリア。
自分がどれほど酷いことをしても、ずっと自分を慕ってくれていたロザリア。
「ロザリア・・・」
初めて自分が感情を込めて呼ぶ名前。
オスカーはいてもたってもいられなくなり、部屋を飛び出した。
「ロザリアは先程、飛空都市を発ちました」
寮の部屋はすでに女王試験が始まる前と同じ状態で整頓されており、主の不在を告げていた。
急いで聖殿へ向かったオスカーに、ディアは悲しそうな顔で説明を始めた。
「な・・んだって?」
「私もずいぶん引きとめたのですが、彼女の意思は固くて・・・
ジュリアスに相談する時間もありませんでした。
───それから、オスカー。
あなたにこれを渡すようにと頼まれています」
ディアは白い封筒をオスカーに手渡した。
中には一枚の紙。
そしてたった一行だけ綴られたオスカーへの気持ち。
『オスカー様、愛しています』
それだけの文章をただ眺めているだけのオスカーにディアは言葉をかけることができなかった。
───そして。
一人の女王候補が女王試験を棄権して、すでに飛空都市を去ったことで飛空都市は大騒ぎとなっていた。
だが、大騒ぎとなったのは、何も女王候補が飛空都市を去ったことだけではなかった。
大騒ぎのもう一つの原因。
それは───
一人の守護聖がその女王候補の後を追うように、忽然と姿を消したことであった・・・