肖像画
「・・・アンジェリーク」
ロザリアの呼びかけにアンジェリークは答えない。
ベッドの上では、青白い顔をして横たわっているアンジェリークの姿がった。
ロザリアののライバルでもあり、仲の良い友人でもあるアンジェリーク。
そのアンジェリークが眠ったままの状態になって、もう四日が過ぎていた。
「アンジェリーク・・・」
手をそっと握り、呼びかけるが、依然として彼女の反応はない。
微かに腹部が上下しているのが、唯一アンジェリークの生きている証拠であった。
アンジェリークの意識がなくなったと聞いて、すぐさま他の守護聖達が駆けつけたが、
彼女がいつまでも目を覚まさないのを見て、現在は女王試験は一時中断となっている。
今ごろはパスハやルヴァ達が、アンジェリークの深い眠りの原因について、
そしてどうやったら目覚めるのかを必死で探しているはずだった。
「今日もルヴァ様やパスハさんが貴女の目をさまそうと必死になっているのよ。
皆さんも心配なさっているわ───」
いつも明るく賑やかなアンジェリーク。
このような状態になった時に、初めてわかる彼女の大切さ。
───今日こそ、何かわかっているかも知れない。
今やロザリアが、そして守護聖達が頼れるのは飛空都市一番の賢者であるルヴァと王立研究院にいる
パスハであった。
ロザリアは再び力強くアンジェリークの手を握り、王立研究院へ向かうために寮を出て行った。
いつもと変わらぬ飛空都市。
その中をロザリアはゆっくりと歩いていた。
もしかしたら・・・アンジェリークはあのまま───
沈み込んだ顔で歩くロザリアに、穏やかで優しく、何よりも大好きな声が聞こえてきた。
こんな時に不謹慎だとは自分でも思うが、胸の鼓動が早くなる。
「ロザリア」
「・・・リュミエール様!」
「お顔の色がすぐれませんね?」
「───ええ、アンジェリークがまだ・・・
それでちょっとルヴァ様の所にお伺いしてみようと思いまして・・・」
「ロザリア・・・残念ですが、王立研究所は誰も入ることができなくなっているのです。
私達、守護聖達でさえ───」
「そう・・・ですか」
がっかりとした顔のロザリア。
それを見て、リュミエールは再び優しい言葉をかけた。
「もし、よろしければ私の私邸にいらっしゃいませんか?」
「リュミエール・・・様の?」
「ええ、貴女がそんな顔をしていたらアンジェリーク目が覚めた時に貴女を心配するでしょう?」
「・・・・・」
「私達でできることと言えば、アンジェリークが早く目覚めることを祈ることと、
目覚めた時に元気な顔を見せてあげることだと思いますよ」
リュミエールの言う通りだった。
王立研究院が立ち入り禁止となれば、ロザリアには何もすることがない、できない。
せいぜい、いつものようにアンジェリークの見舞いぐらいしかない。
そして、彼女が目覚めた時、自分が疲れきった顔をしていれば、逆に心配することだろう。
「よろしいんですの? リュミエール様?」
「ええ、もちろんです」
「ありがとうございます」
リュミエールの優しい気遣いに感謝し、ロザリアはリュミエールとともに歩き出した。
「・・・まぁ」
リュミエールの私邸は、美しすぎるほど美しかった。
広大な庭にはたくさんの緑、そして綺麗な花達が彩りを添えていた。
庭の中央には、大きな噴水が美しく水の弧を描き、ロザリアを迎えていた。
「とても綺麗ですわ、リュミエール様!」
「喜んでいただいて嬉しいですよ、ロザリア」
ロザリアの驚嘆の声に、にっこりと微笑むと、リュミエールは私邸の中へと案内した。
「こちらが応接間なのですが、もしよろしかったら、私の私室を見てみませんか?」
「え? いいんですの?」
「ええ」
ふかふかの絨毯が敷かれた大理石の階段を上がり、リュミエールの私室へ足を踏み入れたロザリアは
再び驚嘆の声をあげた。
広い部屋には、たくさんの風景画が飾ってあり、その色使いやタッチ・構図など、たくさんの素晴らしい
絵画を見てきたロザリアでさえ目を奪われるものだったのだ。
「・・・・・綺麗」
「今、お茶をいれますね、ゆっくりしてらしてください」
「ありがとうございます」
私室の奥には簡単なキッチンがあるのだろうか、リュミエールはそこへ姿を消した。
「・・・すごい」
一枚また一枚とゆっくりと絵を見て回るロザリア。
時間を忘れるような、本当に素晴らしい風景画であった。
「お待たせしましたロザリア。お茶が入りましたよ」
テーブルの上には、ハーブの香りがするお茶が湯気をたてている。
「どうぞ」
「いただきます、リュミエール様」
こくん、と一口飲んでアンジェリークは改めて風景画を見渡した。
「この風景画はリュミエール様がお描きになられたのでしょうか?」
「ええ、これは私がいた星の風景を描いたものですよ」
水の多いところにいたのだろうか、髪の毛の色と同じような色合いの海の絵や湖の絵。
そして、それらがとても自分の気持ちを和ませてくれることにロザリアは気がついた。
「ここにいると、何だか不思議と気分が落ちつきますわ」
「貴女にそう言っていただけるなんて・・・・」
おっとりとリュミエールが笑う。
ロザリアの素直な感想がよほど嬉しかったのか、リュミエールはゆっくりと自分のことを話し出した。
「私は海洋惑星という星で生まれ、水の周りで育ってきました。
父親は画家で、よく父に連れられて、浜辺で二人でスケッチをしました。
今でもその光景を思い出しては、絵を描いているのですけれどね」
「・・・じゃあ、今も風景画を描いていらっしゃるんですか?」
ロザリアは部屋の隅に立てかけてあるイーゼルとその脇のキャンバスの方を見た。
「・・・いえ、あれは違います。
あと一筆入れれば終わりなんですけれど、それがなかなか・・・」
「そうなんですか」
「・・・・・・」
ロザリアは少し残念そうな表情を浮かべ、再びティーカップに口をつけた。
ゆっくりと立ちのぼる湯気の向こうに、穏やかな色を浮かべたリュミエールの瞳が見える。
「───ロザリア、お願いがあるのですが?」
「なんでしょうか? リュミエール様」
「貴女の絵を描かせていただいてもよろしいでしょうか?」
「え?!」
「ふふっ。以前からお願いしようと思っていたのですよ。
お時間は取らせませんから、一枚だけ・・・」
「リュミエール様・・・」
かぁっとロザリアの頬がバラ色に染まる。
そんなロザリアを見ながら、リュミエールはイーゼルと新しいキャンバスを取り出した。
「固くならなくても大丈夫ですよ、自然にしていてくださいね」
固くなるな、という方が無理だろう。
ソファの上でガチガチに固まるロザリア。
恥ずかしさと嬉しさが混在した表情である。
「───そうですね、お顔をもう少し上げていただけますか?」
「は、は、はいっ!」
キャンバスを滑る木炭の音が聞こえる。
ものの十五分ぐらいした頃、ようやくリュミエールの手が止まった。
どうやらデッサンが出来たようであった。
リュミエールの背後に回り、デッサンを眺めるロザリア。
そこには、リュミエールらしい繊細なタッチで、笑顔で花に囲まれているロザリアが描かれていた。
「これから色を塗っていきますね。
貴女はゆっくりしていてくださいね」
「はい!」
色を塗っている間はさほど集中しないのか、リュミエールがロザリアに好きな色や好きな食べ物などを
質問してきた。
髪の毛の色を塗っているのだろうか、パレットの上には蒼色の絵の具があり、油の匂いが鼻をくすぐる。
リュミエールの質問に答えていくうちに、ロザリアは体が重くなっているのに気がついた。
「・・・・」
そんなロザリアの様子を見て、リュミエールが心配そうに近寄ってくる。
「油の匂いに酔ってしまったのでしょうか?
申し訳ありません、ロザリア。
三種類の油を使っていますので、慣れない貴女には辛かったかも知れませんね。
少し横になっていてください」
リュミエールは、ロザリアの体をそっとソファに横たえた。
「申し訳ありません・・・リュミエール様」
「貴女が謝る事はありませんよ。
私が無理をさせてしまったのですから・・・」
窓を開け、外の風を入れてくれたが、ロザリアの身体は鉛のように重くなるだけだった。
気分が悪くなったというのとはまた違う。
何とも説明がつかないが、強いて言うならば、意識が暗闇に引きずり込まれるようなそんな感覚だった。
「──────ロザリア?」
再び筆を止め、リュミエールがロザリアを気遣う。
「大丈夫ですわ、リュミエール・・様」
何とか返事をするロザリアをしばらく見つめ、リュミエールは部屋の隅に置いてあったキャンバスを手に取った。
「これを貴女は風景画かどうか聞きましたよね?」
「・・・・?」
「これはね、肖像画なんですよ」
ほら、というようにリュミエールが絵を見せる。
そこにはアンジェリークの絵が描かれてあった。
あの眠り続けているアンジェリークとは違い、ミルク色の肌にピンクの頬。
元気だった頃のアンジェリークの姿がそこにあった。
まるでその絵の中でアンジェリークが生きているような見事な肖像画。
そこに違和感を感じるのはその瞳に色がないせいだろうか。
「あの日、アンジェリークが遊びに来て下さいまして・・・・」
「リュミ・・・エール様?」
「アンジェリークはね、悩んでいたのですよ。
ゼフェルとマルセルが、日の曜日にどちらが彼女を誘うかどうかで大喧嘩しましてね、
それを知ったアンジェリークが悩んでしまって・・・
それで私の所に相談しに来たのです」
「・・・・・・」
「私は争いごとを好みません。いかなる理由があっても。
現にゼフェルとマルセルが喧嘩したことで、アンジェリークは心を痛めていたのですから」
「──────」
「そんな悩みから解放してあげたくて、それに──────」
少しの間を置いて、リュミエールは言葉を紡いだ。
「ロザリア、花というのはどの瞬間が一番美しいと思いますか?」
「──────?」
「花はね、つぼみが開きかけの瞬間が一番美しいんですよ。
まだ開ききらず、それでいて固いつぼみでもない状態が・・・
これから美しく花開こうと、生命力に溢れている瞬間が──────」
突然、流暢に喋り出したリュミエールに、ロザリアは違和感を覚えていた。
「だから、アンジェリークもあの状態のままで───」
「・・・・・」
アンジェリークの絵が描かれているキャンバスを床にそっと置いて、リュミエールはロザリアの色づけをしていた
絵の具を手に取った。
「この絵の具は特別なんです。手に入れるのにとても苦労しました。
───私が守護聖でなければ、この絵の具は手に入らなかったかも知れませんね」
リュミエールが何を言わんとしているのか、ロザリアにはわからない。
いや、わかりたくなかった。
「これは『fascinateの絵の具』と言いまして、別名を『奪魂の絵の具』という物なんですよ。
文字通り魂を奪う絵の具なんです。
・・・色づけをする時に、質問をしていったでしょう?
その質問に答えると答えた人間の魂を少しずつですが絵に封じ込めることができるのです」
「───リュ・・・ミ・・・」
どこでリュミエールの歯車が狂ってしまったのだろうか。
静かに、穏やかにそして淡々と話すリュミエールだが、その瞳には一筋のためらいが見て取れた。
「アンジェリークも貴女も今はまだつぼみですが、いずれは花開いてしまう。
だからその前に時間を止めてあげないと・・・
そして、貴女も──────」
ゆっくりと絵筆を握るリュミエール。
「貴女を巡っての話も色々と耳に入ってきます。
オスカーとジュリアス様やルヴァ様までもが───
・・・そして・・・私は、貴女を───」
「リュミエール様」
「傷つけられる前に、安全な場所に置いておきたいのですよ、ロザリア。
自分でもこんなに狂おしい感情があるとは思いませんでした。
貴女が側にいてくれるだけでいい。
貴女とずっと一緒に時間を過ごせたらどんなに楽しいことでしょう。
───貴女を永遠に美しいまま私の側に置いておけたら・・・」
「リュミエール・・・様」
もはや動く力はロザリアにはなかったが、必死の思いで口を開く。
「リュミエール様・・・・」
「なんでしょう、ロザリア」
「あの子を・・・アンジェ・・リークを助けてあげてください」
「──────」
「あと一筆入れたら終わり・・・だけど、それをしないのは───」
悲しそうに俯くリュミエール。
「お願い・・・しま・・すわ」
弱々しそうなロザリアの瞳、嘆願の声。
その声を最後にロザリアは暗闇の中に落ちた。
「───ロザリア」
アンジェリークと同じように微かに腹部が上下しているだけのロザリアを見下ろして、リュミエールは
再びキャンバスに向かった。
塗りたりない部分に丁寧に色を重ねていく。
やがて瞳の色を残したままのロザリアの肖像画ができあがった。
アンジェリークの肖像画とロザリアの肖像画を並べてしばし眺めるリュミエール。
「これを完成させたら───」
様々な想いがリュミエールの中を交錯し、そして───
FIN

夕凪様からのキリリクでリュミ様とロザリアのお話です。
特にリュミ様はダークダークで!! とってもダークな感じで!!
とのリクでした。
ちゃんとご希望通りダークな感じがでてたらいいなぁ・・・と
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